旭化成株式会社では、2016年頃からさまざまな事業・業務でデジタル導入に取り組んでおり、2020年からは全社規模でのDX推進に向けた取り組みを進めています。2021年5月に策定された「Asahi Kasei DX Vision 2030」に基づいて描かれた「デジタル変革のロードマップ」では、2024年以降を「デジタルノーマル期」と位置付け、全従業員がデジタル技術を活用のマインドセットで働くことを目指しています。

その陣頭指揮にあたる同社のデジタル共創本部では、社内のDX人材を育成する機関として今まさに試行錯誤の挑戦を続けています。今回は、デジタル共創本部の秋本氏に、全社的なDX人材の育成に取り組む経緯や苦悩の日々を伺いました。

秋本 みつ 氏

旭化成株式会社 デジタル共創本部 DX経営推進センター
デジタルタレント戦略部 部長

1997年入社。製品営業として勤務とした後、グループ会社のリーガル担当を経て、東京商工会議所に労働政策担当として出向。2018年から本社人事部にてダイバーシティ業務に従事。2023年4月より現職。

    デジタル人材を育成し、活躍できる環境をつくる

    ――秋本様の現在のお仕事を教えてください。

    全社の人材育成、デジタル人材育成の仕組みを企画・運営することが1つ大きなミッションです。加えて、人材育成の仕組みの先にある「育成された人が活躍できる環境をどう実現していくか」という仕組みも、人事部との連携を見据えて設計しています。

    また、一部の採用活動にも関わっています。デジタル分野の仕事は多様な人たちがフラットな関係で、それぞれの役割で働いていますので、様々な人材を採用することも重要と考えています。

    ――海外人材の採用などされていらっしゃいますか?

    まだほんの入り口の段階ですが、ベトナムとインドで採用活動をしています。旭化成として、将来いろいろな国の人たちが働く1つのモデルケースになったらいいと思いますし、バックグラウンドの違う人たちと一緒に仕事をしていくということの第一歩として取り組んでいます。

    採用した方々が入社後にしっかり活躍していただけるように、内定後入社までの期間も定期的な面談をするなど、定着にむけた支援も担当しています。

    ――採用から育成、定着など人事に近しい分野も担当されているんですね。

    そうですね。社員のキャリアや活躍の仕組みを考えていくと、デジタル分野の人材育成だけ全社の人事施策から切り出してしまうことによる不都合もあると思っています。デジタル分野も人事教育の中で他分野と一緒に学んでいくことが、あたりまえになっていくと良いと考えています。 一方で、急速な技術進化によりデジタル人材育成を急速に立ち上げなければいけなかった背景を考えると、他の教育とは別に切り出して立ち上げたことは合理的だったとも思います。

    インタビュー中の秋本氏①
    ©工場経営ニュース

    会社の「本気」を感じたデジタル化への取り組み

    ――会社全体としてDXに取り組むことが決まり、ビジョンが共有された際、どのように感じられましたか?

    会社全体でDXに本格的に取り組むという決定があったのが2020年頃です。その年7月に、当時日本IBMにいた久世(久世 和資、旭化成株式会社 取締役 兼 副社長執行役員(現在))が旭化成に入社しデジタル変革のリーダーになりました。その時私は人事部にいましたが、一般社員としてすごく衝撃的でした。当社においては外部の人が組織のトップに就任することは異例の出来事だったので、「会社が本気で新しいことを始めようとしているんだな」ということを感じていました。

    当社におけるDXは、2010年代の後半からMI(=マテリアルズインフォマティクス)を材料の開発現場に導入することや、生産現場でのIoT活用等などによるスマートファクトリー化の取り組みが先行していました。その動きを全社に展開しようとなったのが2020〜21年頃です。

    デジタル共創本部創設に向けた準備を進めていた2020年後半には、様々な事業本部の人やトップ層、若い社員も交えてビジョン策定の合宿をしたと聞いています。「旭化成はDXでどういうことを実現したいか」そういったことを、それぞれの立場を越えて熱く議論したそうです。
     その後、2021年4月にデジタル共創本部が設立され、6月からDXオープンバッジプログラム(※)をスタートさせるなど、急速に取り組みが拡大していきました。

    ※DXオープンバッジプログラム
    「IMS Global Learning Consortium」に準拠するオープンバッジを活用した、旭化成グループのデジタル教育コンテンツ。学習したデジタル知識やスキルなどに応じてレベル1〜5の5段階で認証する仕組み。

    ――別の職場から転入された場合、全体感のキャッチアップ(理解)がとても難しいように感じられますが、いかがでしたか?

    最初は当惑しましたね。キャッチアップしようにも何からすべきかがよくわからなくて…。最初は旭化成が社外に発信している情報を見て勉強していきました。また、私自身「そもそもDXって何?」くらいのレベルだったので、DXに関連する書籍を積極的に読むなどして学んでいきました。

    あとは、実際に社内のさまざまな方とお会いして話を聞いていく中でも、DXのスタート当時の背景や会社の想いについて気付きがありましたね。これまでの経緯を自分の中でつなぎ込み、私なりに理解するようにしてきました。

    事業で役立つことをやるために、デジタルはみんなで学ぶ

    ――さまざまなことに取り組まれている中で、秋本さんが今注力されていることは何でしょうか。

    1つ目は、より多くの社員にデジタルの知識を学びたいと思ってもらえるようにすることです。もともと興味がある方や新しいことに積極的な方は、既に様々なコースを受講していただいているのですが、なかには学びに積極的になれない方もいます。事業にインパクトのある新たな取り組みを進めるためには、デジタル技術のハイレベル層の育成だけではなく、一緒に取り組む一般社員も一定の知識を持ち積極的に参加できる人になっていくことが大切ということを、広く理解してもらえるようにしていきたいと考えています。

    2つ目は、デジタルプロフェッショナル人材が継続的に生まれ、さらにキャリアのチャンスを広げていける仕組みを作ることです。その第一歩として、一定レベル以上の人材の配置状況、人数感、分野など、人材の状態を把握して可視化することを目指しています。可視化された情報を活用して最適な配置を実現する仕組みなどが実現できれば、社員のチャンスがより広がると考えています。

    ――様々な取り組みの中で、大変なことやそれを乗り越えた方法はありますか。

    乗り越えきってはいないのですが、やはりコンセプトを理解してもらうことは非常に難しいなと感じています。弊社のトップも色々なところでDXについて発信してくれていますが、それをより現実感を持って理解してもらうためのアプローチが必要です。経営トップに次ぐ役員層や中間管理職層、一般社員の層など、それぞれにとってのメリットを理解してもらう必要があります。一部分だけではダメだなということはすごく実感していますね。

    また、「きっといいことあるよ!」ということだけだと、やはりついてきてもらえません。「きっといいことあるよ!」に対して敏感に反応できる人もいれば、「現実的に自分の仕事がどう変わるのか」が知りたい方、「隣の部署ではこう変わったよ」という事例があれば挑戦してみたいと思う方もいます。

    今までは社員全体に向けて共通の発信をすることが多い状況でしたが、今後はより具体的な実現例を作っていくということに注力しながら、様々な従業員層それぞれに合わせたアプローチに挑戦していきます。

    ――人材の状態の可視化ではどのような工夫をされていますか?

    これはどこまでやっても完璧にはならないものだと思っています。その中で、目的の達成のために必要不可欠な範囲はどこかというところを見極めないといけないなと実感しているところです。

    去年、デジタル共創本部がIPA(=独立行政法人 情報処理推進機構)の『デジタルスキル標準』をベースに、旭化成独自の評価基準を作成し、デジタル共創本部の社員を対象にトライアル調査をさせていただきましたが、非常に難しい分野だなと実感しました。アセスメント等では測れない部分をどう測るか、測り方の客観性を少しでも担保するにはどうしたら良いか、あるいは客観性はどこまで求めるべきか。非常に難しいところですが、可視化した情報の使い方の設計を含めた全体設計を考えていくことが重要と考え、改善策を検討しています。

    現場が納得して、ワクワクできる取り組みを目指して

    ――秋本さんがDXの取り組みを進めるうえで大事にされていることを教えてください。

    全社的には、皆さんに納得して参加してもらえるものにすることです。旭化成グループは基本的にボトムアップ傾向があるので、業務の現場のみんなが納得して進む状態を作っていくことは重要です。

    将来のことを考えると、デジタル分野の知識を社員が持つことは大事だということはみなさん理解してくれているとは思いますが、1人1人業務が忙しい中で目の前の業務に直接影響しない学習の優先順位を上げるのは難しいと思っています。少し時間が空くときに少しずつでも学べる方法を提案したり、業務を楽にする方法と合わせて伝えたりするなど、忙しい中でも学習に取り組むハードルを下げ、一緒にやりたいと思えるような価値を伝えることで、現場の人たちが納得して参加してもらえるような形を目指しています。

    私個人としては、色々な取り組みで会社や働いている人をより楽しく、ワクワクさせるようにできたらいいなと思っています。どうしても「DX」のような新しい言葉で言われると、「自分たちには関係ない。新しいことなんて興味ない」と言いたくなってしまう人もいるかもしれませんが、そんなことはありません。どんな仕事もデータを作る側になっているはずですので、無縁なことはないのです。「新しいことやってみるってすごく面白そうだな」と感じて頂けるようになったらいいなと思っています。

    ――最後に、読者の方にメッセージをお願いします。

    デジタルには、時間や場所の制約を超え、国、国籍など地域的な差も埋める力があります。

    テクノロジーの力をうまく活用することができれば、今までの何らかの制約を感じていた人たちをもっとワクワクできる、チャンスを広げる可能性があると思います。そういった意味でも、デジタル技術の活用による業務や働き方の変革、そしてそのために不可欠な人材育成について、企業の壁を越えて社会全体で推進していければと思います。

    インタビュー中の秋本氏①
    ©工場経営ニュース

    最後に

    今回は、旭化成株式会社の秋本様にお話を伺いました。人事部でダイバーシティを担当されてきたご経験や、秋本様のデジタル人材になった後のキャリア形成に対する熱い想いを伺い、何のためにデジタルを学び、学んだことで見えるキャリアを事前に描く重要性を感じた取材になりました。

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