日本中小企業大賞2023「働き方改革賞」最優秀賞、埼玉DX大賞奨励賞を獲得するなど、積極的な攻めと守りのDXに挑戦し、業界から注目を集めている松本興産株式会社。同社ではDXに取り組むことで、大幅なコストの削減と新規事業の立ち上げに成功しています。
今回は、管理職として経営層と現場社員の間に立ちながら、DXプロジェクトを推進する森沢慎治さんにお話を伺いました。
森沢 慎治 / Shinji Morisawa
松本興産株式会社製造部 部長
埼玉県秩父郡小鹿野町出身。 勤続19年。
新卒で松本興産株式会社に入社し、当時から製造部に所属。機械オペレーターとしてプログラミングから量産まで一貫して担当。 現在は、顧客対応や新規事業の立上、社内規則の設計などマネジメント業務を行う。
常に時代の変化にアンテナを張ることで、いち早くDXに取り組む
ーーはじめにDXプロジェクトが始まった経緯を教えてください。
弊社の取締役は、時代に乗り遅れないために常に新しいことに対してアンテナを張っています。「世の中がどういう動きで進んでいくか」を敏感に察知していた中で、「省人化のためにはデータ・デジタルが大事だ」ということを知りました。社内でも実際に、なんとなく「こうなったらいいな」という理想があったので、世の中がDXという言葉を使いながらデジタル化を始めたタイミングで、うちでも何か取り組んでみようと思って始めました。
先駆けて、取締役がプログラミングの勉強を始めました。 知り合いのプログラマーの方と話をしている中で、「製造業だったらこういうことができる」という話を聞いたようで、「ちょっと会社でやってみようよ」みたいなノリのトップダウンで始まったのがきっかけです。
否定せずまずは受け入れ、今までと変わらない日常にDXを溶け込ませる
ーー実際に「DXを始める」と聞いたときに感じたことを教えてください。
私は特に何も感じませんでした。基本的にいつも壁や変なフィルターをかけないフラットな状態で、まず受け入れるというのが自分のスタンスです。受け入れて噛み砕いて現実的かどうか判断し、否定するなら否定するというスタンスなので、面倒くさそうとかの人間的な考えは少しありますが、あまりそういうところは考えずに実行しました。
ーー実際に進めていく中で、現場に下ろす時にネガティブな反応などはありましたか?
私の部下に対して「DXをやるよ」とは言っていません。例えばアプリ開発は間接部門がやっていたので、製造部としてDX関連で何か業務をするというのはあまりなかったですね。伝えたことは、DXプロジェクトで決まったことや作ったものを「〇〇を作りました。◆◆のようにやります。」ということだけですね。日頃「Aという機械を導入しました。△△の効率が良くなるからです。××に注意してください。」という教育をするのと同じです。デジタルでも「Bというシステムを導入しました。△△という効果があり、 ▼▼のメリットがあります。××という使い方をしてください。」のように同じ指導なので、反発とかそういったことはなかったです。普段の業務や日常の中で、自然とDXが入り込んでいる印象です。
現場が受け入れやすくなるヒントは「具体的にする」こと
ーー取り組みを進める上で意識した点を教えてください。
管理職として、経営者と社員とのギャップを吸収してあげるところだと思います。現場で働いている側からすると、DXを進める想いを伝えても受け取られません。経営層の想いを管理職が受け取り、想いを形にして下にリリースするということをしないと、下は動かないと思います。ですので、具体的に指示することが大事だと考えています。
DXに携わらない人たちに対しては、嫌な気持ちを起こさせないような展開の仕方をすごく考えました。DXの仕組みは使う人目線でつくることが大切です。業務にDXとして導入したいものがある時に、現場作業者のリーダーもしくはさらに上の管理職がDXの担当者と打ち合わせをし、ものにしてリリースするというやり方をやりがちです。しかしこれは良くない方法だと思っています。 DXを開発する側がしっかりと作業の根幹まで理解を深め、実務としてその作業をするのが大切です。そうでなければ何が面倒で、どうやったら効率が良くなるかがわからず、良かれと思ってやったことが良くない結果になることがよくあります。 知らない作業があるのであれば一旦現場に行き、後にデジタルにシフトしていくということを意識していました。
ーー現場社員が変化を実感しているようなことはありましたか?
「新しいものは拒まずにどんどん挑戦していこう」「意見があったら言いみんなで改善していこう」というような社風が根付いているので、「これもっとこうなりませんか?」みたいな改善の部分の提案が多かった気がします。 業務でDXを導入して、改善されたと実感できたのは上位の人だけでした。例えば、紙とペンで「あいうえお」と書くのと、パソコンを立ち上げてWordを開いて「あいうえお」と打つのではどちらが早いですか?という話です。結局、デジタルはインプットされた後のデータがどう使われていくか、どう繋がるか重要です。
割とデジタルにすることで面倒がかかることが多いことがあります。実際、デジタル的に入力する手間の方が多いので、作業者に負担をかけたところで、デジタルを導入しても効果は実感できないはずです。上の人たちがデジタルで集めたデータをしっかり活用することによって、「何が起こり、会社的に〇〇の改善がどれだけできて、皆様に△△で還元ができます」みたいなことをしっかり伝える必要があると思います。
DXは小さな変化の積み重ねが大きな効果になる
ーー DXプロジェクトを始めた当時と現在とで心境の変化はありますか?
特に変わっていません。業務的にやはりデジタルの方向にシフトしていっているので、幅が広がったというイメージです。ありがたいという心境があります。 知識ときっかけを与えてもらったから、そこに自分も興味が湧き、いろいろ自分で調べたことで、それなりの結果が出せたので良かったなという思いがあります。
ーー「業務幅が広がる」ということは、仕事が増えたとも受け取れますが、効率化の中で働く時間は変化したでしょうか。
働く時間は全然増えていないですね。しかし、DXをやったからといって自分の業務を減らせるかと言ったら難しい人もいると思います。自分の業務を減らすためのDXではなく、連帯効率を上げるためのDXだからです。 実感はすごく難しくて、自社もすごい改革が起こっているわけではありません。本当に小さな積み重ねですが、僕も1分とか2分とか、5分10分みたいな多少なりともの変化はしていると思っています。
その中でも、コミュニケーションの円滑化には大きな効果があると実感しています。欲しい情報にすぐ辿り着くことができるのは、業務が円滑に回る要素です。 これがあるとないとでは、仕事の仕方や無駄な時間量は全然違うと思いました。実際、Teams(コミュニケーションツール)をなくして仕事してごらんって言ったら、すごく大変だと思います。 それだけ浸透しているという意味ではとてもいいと思っています。
本来のものづくりに集中できる環境を目指して
ーー今後取り組んでいきたいことや、目標を教えてください。
全ての情報をつなげ、全てまとめることによって無駄を削減し、その情報と情報の間の手間をいかに減らせるかが今後取り組むべきところだと思います。今の世の中、保証関係やエビデンス関係がかなり厳しく言われていますが、それは商品の付加価値とは違うところにあります。 モノを売るためにはいろいろな証拠が必要ですが、その証拠に付加価値はありません。
しかし、その証拠集めはかなり利益を圧迫します。私たちとしては、何も考えずにものだけ作って納めていれば、ものを作るのにかかる純粋な費用だけで済みます。わかりやすいですし、利益も上げやすいです。そのため、間接的にコストがかかっている「世の中に安全を証明するため」の業務をいかに効率よく人をかけずに行うかが重要だと思っています。
DXで本業に専念できるようにしたいですね。また、DXを導入できていない企業へアプローチをし、新しい事業としても広げられたらいいと思っています。
最後に
今回は管理職の立場から会社全体の DXに取り組む、松本興産株式会社 製造部部長の森沢さんにお話を伺いました。「何事もフラットに受け入れ、自分の中で噛み砕いて考える」というスタンスや、経営者と現場社員の間に立つ者として心構えが印象的でした。
DXを成功させるためには、何のために行うかという目的やその影響を受ける社員の立場になって検討することが重要です。企業ごとに固有の事情はあるものの、DX推進でお困りの方は同社の事例を参考にされてはいかがでしょうか。