DX(デジタルトランスフォーメーション)の実現は、中小企業の問題にとどまらず大企業を含めた日本企業全体のテーマとなっています。各社が独自の戦略とソリューションを模索し、しながら取り組んでいます。 自動車業界さらには日本企業全体をリードする世界的企業、トヨタ自動車でもDXへの挑戦が続いています。工場経営ニュースでは、トヨタ自動車の製造現場で、実際にデジタル化に挑戦する方々を取材しました。
本シリーズでは、愛知県田原市にある田原工場における取り組みをご紹介します。今回はシリーズ第3弾として、中途でトヨタ自動車に入社し、現場経験を経てデジタル化に挑戦するお二人をご紹介します。
回答者のご紹介
青山 秀明
トヨタ自動車田原工場エンジン製造部技術員室
企画グループ 所属
専門学校を卒業後、グラフィックデザイナーとして他社で勤務後、トヨタ自動車に中途入社。
渡邊 勝
トヨタ自動車田原工場エンジン製造部第1鋳造課所属
工業系高校を卒業後、テーマパークでの勤務を経てトヨタ自動車に中途入社。
新潟県出身。
アプリ開発に取り組み始めたきっかけと気持ち
――アプリ開発に取り組み始めたきっかけを教えてください。
(青山) ことの始まりは当時所属していた第1鋳造課課長からの任命でした。課内で「誰にデジタル化を推進してもらうか」という話になり、前職がグラフィックデザイナーであった事から、ある程度パソコンがわかるという理由で任命され、課内で一番初めに、デジタル推進を担当することになりました。
(渡邉) 会社に入って現場で働いているうちにチャンスがあったので、知識がほぼない状態で、「やってみたい」という理由だけで手を挙げて機会をいただきました。
デジタルに抵抗は全くなく、親が建築士だったので、家にパソコンは小さい頃からありました。 高校は建築科を出ているため、CADなどを触る機会はありました。
――アプリ開発に関わり始めた当初はどんな気持ちでしたか?
(青山) もともとITに関することはやりたくないなと思っていました。身近にいるプログラマーを見て「大変そうだなぁ…」と感じていました。
それでも、周りからも「青山以外にいる?」と言われ、他に適任者がおらずやるしかないという状況でした(笑)。誰かがやらなければならない状況だったため、「しょうがない。腹括ってやろう」と思いました。
(渡邉) 私も得意な方ではなく、新しい言葉も多いですし、きちんと理解するレベルまで覚えきれていないことが多々あるので、なかなか難しいなという印象です。
得意ではないですが「アプリってどうなっているんだろう」とか、そんな興味はあります。 触っていくうちにさらに興味が湧いてきますし、作っているうちに、覚えられない自分に悔しいという気持ちもあります。そんな時は色々調べたり勉強したりしています。
――「悔しい」という気持ち、どうしてそう思うのでしょうか?
(渡邉) 私は高校でパソコンを利用していましたが他のデジタル推進者はデジタルとは無縁でパソコンもあまり触ったことのない、製造一筋の方々です。彼らが入力帳票や見える化画面を自分よりも早く上手に作成した時にうまくいかない自分に悔しさを感じます。
(青山) 今は6人のチームで取り組んでいますが、自分より若手のメンバーは覚えるのが早いですし、我々とは全然違った視点から答えを導き出していくこともあります。その時に、「こいつらすごいなぁ」と驚きますし勉強になります。
(渡邉) 製造業務では上下の関係がはっきりしていて、上から教えてもらう事が多いのですが、デジタル業務は下から教えてもらうことも多いですし、日々刺激を受けています。
開発し、導入が進むアプリの例
――アプリ開発に取り組み始めたきっかけを教えてください。
(渡邉) 使用している材料の重さなどを入力・管理するアプリを開発しています。これまで使用していた重量計にBluetooth送信機を取り付けることで、測った数値を直接入力帳票に送信できるようになりました。これにより、誤入力や転記ミスを防ぐことができます。
また、正しい数値が入っていない場合や規定回数の入力がない場合には、社内のチャットツールで通知されるようになっています。通知に記載されたURLを押すと、製品の詳細情報をすぐに確認できますし、作業員の忘れ防止にもつながりました。
この作業ですが紙帳票の頃は複数回の測定値を電卓で平均値を計算し、用紙に手書きで記録して管理していました。また、今まで組長さんはこの数値を確認するために、詰所から建屋の正反対にある部屋まで移動していましたが、このアプリによって詰所にいながら、異常を把握することができるようになりました。また、アプリ内で平均値が自動で計算され、条件確認も自動で行われるためミスもなくなります。異常値が入力された場合にも視覚的にわかりやすく背景色を赤色表示にする事で、確認時に気づきやすくなりました。
(青山) このアプリは、現場に「やりにくい作業ないですか」とお聞きした時に、組長から「数値を歩いて確認しに行かないといけないが遠い」「異常値に対して報告遅れや洩れがあり対応が遅れる」という意見があり、デジタル化によって解決できるのではと考えたことで開発しました。
――アプリを開発してみた感想を教えてください。
(渡邉) 作ってみて一番初めに嬉しかったことは「動くこと」ですね。実際に開発していく中で、Power Automateが大変でした。条件分岐などの設定をしていくうえで、「どうやって組んだらいいんだろう」「どうやったらこれが戻ってくるんだろう」など考えることが大変でした。作ったアプリが動かないということも多々あったので、動いたときはめちゃくちゃ嬉しかったです。
(青山) アプリができたときは、渡邉の今までにない一番の笑顔が見られました。
社内のデジタルイベントでも、賞を頂きました。イベントにはチームでの参加だった為、受賞できた事はみんなのやる気にも繋がりましたし、渡邉はゼロからのスタートだったので、よくできたなと思います。思い出すと涙が出てきますね。
品質や安全に寄与できるデジタル化を目指して
――今後、学んでいきたいことやチャレンジしたいことを教えてください。
(青山) 現在は工数低減や作業を楽にする事を主な目的として取り組んできました。
今後は品質や安全に対しても寄与できるようなデジタル化を、進めていきたいと思っています。周りからの要望もありますので、今後はそれらを実現できるようにツールや仕組みを学び、チャレンジしていきたいです。
(渡邉) 私も青山さんと同じようにやっていきたいと今思っています。やることはまだまだあります。まずは一歩一歩やれることを僕が勉強しながらやっていこうかなと思っています。
――現場のデジタル活用を進めていくためのヒントはありますか?
(青山) 当初は現場の方から「座って何やっているんだろう」と言われることも当然ありましたし、自分たちも苦しい時はありました。時に失敗もして、お蔵入りになるアプリもありました。 それでも、1度便利なものができた時に我々がやっている仕事が理解されて、みんなが笑顔になりました。
「本当に現場に必要なもの」を提供するためには、コミュニケーションが一番大事だと思います。現場の方は、デジタルのイメージがあまりありません。今はだいぶイメージがついていますが、当初は「デジタルって何ができるの?何が嬉しいの?」という雰囲気でした。
そうした雰囲気を変えるために、一生懸命調べたり情報を共有いただいたりして、デジタルで楽になるにはどうしたらいいかっていうのを日々、模索して、提案しました。それを実現して、実際に楽になった体験を提供できた。そこにはやはりコミュニケーションがあったと思います。
デジタル化は、業務を知り見つめ直す力を養う
――最後にデジタル化を進める中での副産物があったと伺いました。その「思わぬ発見」を教えてください。
(青山) デジタル化に取り組むことで、若いメンバーが業務を知ることができることが良い副産物だなと思いました。若いメンバーは、実際の製造ライン側の業務をまだ全然知りません。やったことのない仕事もたくさんあります。
しかし、きちんとその業務を知らなければデジタル化は進みません。とある集計作業で、トヨタ社内の別の部署の方々がデジタル化しようとしたことがありました。しかしうまくいかずにやめてしまったため、私は何が問題かを悩みながら改善し、現場で使ってもらえるようにしました。
このことからも、現場の方に良いものを提供するためには、その仕事を知らないといけないなと感じました。現場の仕事を知ることで、若い彼らはレベルアップします。当然デジタル化で業務を知ったからといってすぐにその仕事に入れるわけではないですが、現場に入ってからも自分で考えて行動できるようになります。そういったところが、良さなのかなと思います。
実は、これは自分でもそう思っています。今まで色々管理してきましたが、「言われたから」管理していました。でも仕事を知るにつれて管理していた意味がわかるようになると、「じゃあ、デジタルではこうしよう、ああしよう」「この管理って要るんだっけ」と、やめかえ(やめる・かえる)のようなことも意識しながら、業務改善を進めることができるようになりました。デジタル業務に携わりそう言った気付きがありました。
トヨタ自動車田原工場
- 愛知県田原市
- 1979年1月より稼働
- 従業員数:約7,900名
- 主な生産品:レクサス、大型SUVなど