DX(デジタルトランスフォーメーション)の実現は、中小企業の問題にとどまらず大企業を含めた日本企業全体のテーマとなっています。各社が独自の戦略とソリューションを模索しながら取り組んでいます。 自動車業界さらには日本企業全体をリードする世界的企業、トヨタ自動車でもDXへの挑戦が続いています。工場経営ニュースでは、トヨタ自動車の製造現場で、実際にデジタル化に挑戦する方々を取材しました。 

本シリーズでは、愛知県田原市にある田原工場における取り組みをご紹介します。今回はシリーズ第1弾として、田原工場のデジタル化をマネジメントの目線から取り組む2名をご紹介します。 

田原工場がデジタル化に取り組む背景 

2021年3月、豊田章男社長(当時)から全従業員に対して、「“デジタル化”について、この3年間で、世界のトップ企業と肩を並べるレベルまで一気にもっていきたい」というメッセージが出されました。これによって全社的にデジタル化に向けた取り組みが加速し、田原工場での取り組みもスタートしました。 

情報システム部門が様々な施策を行い環境が徐々に整備される中で、モノづくりの現場でも行動が起こり始めました。その中で、田原工場が目指したデジタル活用の姿には、以下の想いがありました。 

  • 現場のみんなを笑顔にする 
  • 自分達でデジタル文化を作り上げる 
  • 新しい文化に誰ひとり取り残さない 
  • 人が中心 

この目標のもとに計画が策定され、具体的な取り組みが始まりました。 

作ったアプリが現場で使ってもらえるように|小金澤 孝之 

トヨタ自動車田原工場エンジン製造部第2鋳造課長

工業系(原子力)の大学院を卒業後、トヨタ自動車に入社。2020年から現職。 

愛知県岡崎市出身 。

――田原工場でデジタル化のプロジェクトが始まった際、どのようことを考えて進められたのでしょうか。 

会社から「デジタル化について、この3年間で世界のトップ企業と肩を並べよう」というメッセージを受け、全社員が各々の持ち場、立場で何ができるかを考え、各々で動いていました。私は、現場に大量に存在する紙帳票を無くすペーパレスをやろうと考えました。元々専用の用紙に検査項目が書いてあり、「ここに不良があった」というメモをした紙が担当者間を流れていくという感じでした。上長は書類を見たしるしとして名前を書くのですが、書いているだけで「とりあえず見た」という状況になっており、この状況にあまり価値を感じられていませんでした。 

――今回紙ベースだったものをデジタル化されましたが、これはどのように進められたのでしょうか。 

トヨタ自動車の中で、私の考えと同じようにペーパーレスを広めようとしている部署があるのではないかと探すところから始めました。それが2021年の4月のタイミングです。その部署を見つけ、利用できるツール探しや関係部署との折衝などを行っていました。 

メンバーが学べる土台ができそうだと感じた2021年8月に最初のメンバーを現在の部署に異動させ、学びながらデジタルのことをやり始めてもらいました。その年は他部署の様子もわからずに走り続けてきましたが、最初のペーパーレスのアプリが21年中になんとか形になりました。 

2022年になり吉田さんと連携を始めます。「Power Appsというのがあるけどやってみない?」ということを言われたので、すぐ飛びつきました。 

©工場経営ニュース(右:小金澤氏)

――小金澤さん自身は、アプリ開発の知識などは学ばれたのでしょうか? 

いや、アプリに関して言えるのはユーザー目線でだけですね(笑)客観的に好き勝手言っているだけです。でも率直に意見を言ってくれる人もなかなかいません。問題に直面している人の中には、どうでもいいようなことにこだわってしまい、アプリを使いにくくしてしまうような提案をしてくる人もいます。そういうことはバッサリ伝えたりしています。他には、私が欲しいなというものを開発者にリクエストさせていただいたりしています。実際使う側の目線に立って、「いる、いらない」を伝えています。 

――マネジメントの立場として様々な取り組みを行う中での工夫はありますか? 

工夫したところは、現場に「使ってみよう」という働きかけをしたことです。それでもなかなか使ってくれなかったですね。最初は自分が感動していたからこそ、現場にも使うように働きかけていましたが、実際に使ってみると「あ、やっぱあった方がいいな」というように考え方が変わってきたのかなと感じます。あった方がいいと今思ってくれているから、使ってくれていると思います。 

――今後の展望を教えてください。 

「ペーパーレスをとりあえずなんでもやろう!」と始めたので、少し整理したいなと思っています。今アプリは2年間で、エンジン製造部で68個、第2鋳造課だけで41個作ってくれました。デジタル化したことで、「これは紙の方が良かった」というメンバーの声も聞いているので、それは紙に戻しつつ、デジタル化の基準のようなガイドラインは作っておきたいですね。デジタル化したいことはたくさんあるので、優先順位をつけるためのガイドラインが必要なのではないかと思い始めています。 

――最後にメッセージをお願いいたします 

「自分のことばかり考えたらだめ」ということですね。私は、建設的に現場の人と会話するように心がけていますし、設計など現場のことをあまり知らない人とも、仕事柄会話をすることができます。客観的にフラットに考え建設的に会話をできたから、他部署との折衝も進んできたと思います。 

また、自分がやってほしいことを正しく伝えるということも大事だと思います。これはデジタルだけに限らないかもしれませんが、デジタルだとお互いの立ち位置が違い過ぎるせいか、やりたいことが全く伝わっていないこともあるので、注意すると良いと思います。 

楽しんでデジタル化に取り組める環境をつくる|吉田 保正 

トヨタ自動車田原工場エンジン製造部 技術員室
企画グループ長

電気工学系の大学を卒業後、トヨタ自動車に入社。

京都府出身。

――デジタル化のチームが生まれるまでの過程を簡単に教えてください。 

私はPower BIから使い始めましたが、Power AutomateとPower Appsが3点セットであったので軽い気持ちで試してみました。そうしたら作れちゃうじゃないですか。こんなに簡単ならもっとやればいいじゃないかと思いました。そこからPowerAppsにはまります。「こんな感覚で作れるんだったら、現場の人たちでも作れるな」と思いながら、最初はちょこちょこと遊びながらやっていました。 

私が作り始めたら、同じ様に作りたいという人たちが出てきたので、そんな人たちを集めて、市民開発を模索し始めます。小金澤課長に声をかけたのもこのタイミングです。 

社内では色々な形の学ぶ機会がありました。製造現場のメンバー向けにBIツールを習得する半年コースなどを用意してくれていました。当時そのコースに各課から1人ずつぐらい参加しています。その時に参加したメンバーを見て「この人たちならデジタル化を実現できる」と確信しました。 

――デジタル化を進めるにあたり、大事にされてきたことはなんですか? 

今では、相当な人数に増加しましたし、様々な形で取組んでくれています。 実際に取り組む彼ら彼女らが身動きしやすく、楽しんでやれる環境を作ってあげたいなと、初めの頃から思っていましたし、今もその想いは変わりません。 

彼らと私は元々上司・部下の関係ではないのですが、今は横軸で各職場が連携出来るように、職場の代表メンバーが私の元に集まってデジタル特化のチームを作って活動してくれています。 各職場のDXの機運は日増しに盛り上がっていますので、青山や大田たちデジタルチームを通じて各職場が望んでいることを吸い上げて活動に活かしています。また、彼らが楽しんで取り組めるように色々と仕掛けています。例えば、色々な企業様の事例を学ぶ機会を用意しました。なかなか日頃は職場の外を見る機会が少ないので、視野をひろげるためにも必要です。社内だけでなく社外でデジタルに取り組まれている方々との交流をもち、見て聴いて考える機会をたくさん作ってきました。他にも、市民開発の体験型イベントに多くの仲間たちが参加して活躍してくれています。来年はそんなことをもっともっと仕掛けたいなと思っています。 

――ここまでを振り返ってどう評価されていますか? 

この3年は、とにかくみんなにやりたいことをチャレンジさせてあげるために時間を使ったなと、改めて振り返るとそんなことを思います。3年間でやれることはやりました。社長メッセージの「トップ企業と肩を並べる」に、そういう意味では一定のレベルに達せたのだろうなと思っています。 

とは言え目指しているものはもっともっと幅広く捉えていますので、まだまだやり続けていきたいです。3か年として設定した最後の年(2023年)も終わったので、2024年から改めて目指すべきものを明確に掲げています。 

――今後の展望を教えてください。 

データドリブンをもっと追及したいです。私は基本的にデータが絶対必要だと思っています。データに基づいたファクトで動かなければいけない時代だと思っています。ここまでの活動で、データの取得や見える化が進んできましたがそのデータはもっと使える道があるはずです。そこに気が付く人たちを育てたいと思っています。彼らができていないという話ではなく、彼らがここまでたどり着いたからこそ、次はそのデータを使って新しい価値を見つけることが必要です。データを使って新しい価値を見つけていける人たちに育てたいなと思います。 

――最後にメッセージをお願いいたします。 

工場の従業員は普段ヒエラルキーの組織にいるので、若いメンバーの行動もそれに準じます。でもデジタルの分野だと、上司部下とかを超えた関係で相互に教え、教えられの関係が自然に成立しています。一緒にやっていると、若いメンバーが私たちと対等に笑顔で話してくれます。小金澤課長も私もそれが楽しいし、メンバー達も伸び伸び取り組めているのではないかと思っています。職位とか年齢とか関係なく、まずなにかやってみたらなにか完成するし、単純に楽しいし、それで使い始めると間違いなく成果に繋がっています。私たちはそうやって進めてきましたが、まだまだ道半ばですし、もっとチャレンジしたいと思います。「若い人たちしかデジタルは無理」と言う方もいますが、そんなことはありません。私も本当におっさんですが、私だって楽しいし身につくし、そんな風に思っています。 


トヨタ自動車田原工場

  • 愛知県田原市 
  • 1979年1月より稼働 
  • 従業員数:約7,900名 
  • 主な生産品:レクサス、大型SUVなど