創業時から受け継がれた「ひとのやらないことをやる」という理念を基盤に、福井の地から世界を相手にビジネスを展開するーー。松浦機械製作所は、工作機械を手掛けるグローバルニッチトップメーカーだ。同社では早期からDXに取り組み、経済産業省の「DX認定事業者」に選定されている。その取り組みの目的とは何か。実践に当たってどのような困難に直面したのか。DX推進室長の松浦悠人氏に伺った。
会社概要
株式会社松浦機械製作所
コーポレートサイト | https://www.matsuura.co.jp/japan |
代表者 | 代表取締役社長 松浦 勝俊 |
設立 | 1935年8月(会社設立は1960年9月) |
資本金 | 9000万円 |
本社 | 〒910-8530 福井県福井市東森田4丁目201番地 |
事業内容 | 工作機械(マシニングセンタ)製造、販売 金属光造形複合加工機製造、販売 CAD/CAMシステム販売 |
取締役執行役員 松浦 悠人 / Matsuura Yuto
取締役執行役員 DX推進室長
祖父の「想い」を受け継ぎたかった。
——まずは、貴社のプロフィールを教えてください。
松浦 松浦機械製作所は福井の地で創業し、世界を相手にモノづくりをしている工作機械メーカーです。創業から挑戦の姿勢を貫き、成長を遂げてきました。たとえば、当社のハイブリッド金属3Dプリンタは、「3Dプリンタ」という概念がない時代から、その開発に取り組み、いち早く市場に投下されたもの。創業者が掲げた「ひとのやらないことをやる」という想いは今なお、受け継がれており、精度にこだわり抜いたモノづくりは世界中のお客様に支持されています。
——松浦機械製作所の歴史は、旋盤の生産・販売から始まり、今では扱う製品・技術も高度化し、市場もグローバルに拡大しています。
松浦 私の曽祖父が創業し、2代目である祖父がグローバル市場の開拓を成し遂げる……。当社は数多のチャレンジによって成長を遂げてきました。現在は3代目社長である父のもと、社員が一丸となってさらなる飛躍を目指しています。今回のテーマであるDXもその一環ですね。
——松浦さんは、その4代目となるわけですね。やはり幼いころから、受け継がれた会社で働こうという意志をお持ちだったのでしょうか。
松浦 正直、そうした気持ちはそこまで強くありませんでした。子どものころ、会社に連れていってもらう機会もそうありませんでしたし、父から何かを言われることもなかった。ただ、高校生の時に「どうするんだ?」と。相続の関係もあるから、今決めてくれと。人生の決断を迫られたわけです(笑)。その時に将来の道を決め、進学先も入社後を見据えて工学部を選びました。
——高校生の段階で、将来を決める。かなり重い決断を迫られたのですね。
松浦 ただ、その時は「選んだ」というだけで、それが覚悟にはなっていなかったように思います。曽祖父が創業し、祖父や父、これまでの先輩方が発展させてきた会社にすべてを懸ける。そう覚悟を決めたのは、祖父が亡くなった時のことです。葬儀に来てくださった皆さんが「お祖父さんは立派な方だった」と口々に言っているのを聞き、祖父の想いを受け継ぎたい。この会社を発展させるために、自らの力を役立てたいと考えるようになったんです。
マツウラのDX戦略とは
危機感から「あるべき姿」を描く。
——では、ここからは本題である松浦機械製作所のDXについて伺います。貴社の取り組みの大きな特徴は、「何のために」という本質的な目的が明確であることではないでしょうか。
松浦 「The Reason to be chosen~選ばれる理由にこだわる」というスローガンを掲げています。この概念は取締役会で議論し、「ひとのやらないことをやる」という理念を現代に合わせて再定義したものなんです。
——選ばれる理由をつくるために、DXに取り組む。そのきっかけは何だったのでしょう。
松浦 これまで、工作機械業界の営業活動・メンテナンス・修理は、工場見学や現場への直接訪問が主流でした。ところが、コロナ禍によって、オンラインでのプロモーション活動、デジタル技術を利用した事務業務と生産現場の効率化が市場の大きなトレンドとなったのです。私自身、開発部門を任されていたのですが、海外の販売担当者やパートナーらに話を聞くと、「他社ではデジタルマーケティングに力を入れている。このままでは取り残されるぞ」と危機感を抱いていました。従来の常識に囚われたままでは、私たちの競争優位性が失われかねない。きっかけは変化に対する危機感でした。正直、「選ばれる理由をつくる」という目的は後づけでした。
——変化への直面。そして、危機感からスタートしたプロジェクトなのですね。
松浦 まずは、デジタルマーケティングの充実。そして、その先の変化を見据えて、指針を打ち出しました。日本の人口推移予測を見れば、生産人口の減少は避けられません。人材確保、教育、社内業務の効率化は必須となり、生産財である工作機械においては自動化・無人化を実現する機能がさらに大きな付加価値を持つ時代が来ます。時代の急激な変化に対応しつつ、お客様の生産性向上に長く貢献できる信頼性の高い機械を提供し、そして、そのサポートを十分に供給できる体制を強化する。そのために、DX推進室が新設され、デジタル技術を各本部に展開し、ばらつきのない高品質なモノづくり現場、情報発信体制を構築し、イノベーティブなソリューションを生み出していこうとなったわけです。
動画作成の取り組みと苦労
「どうすれば、できるのか」を考える。
——まずは、デジタルマーケティングの充実というお話がありました。貴社はDXのファーストステップとして、「動画作成能力の向上」に取り組まれています。
松浦 Youtubeが新たなメディアとして注目されていたタイミングでしたから、まずは自分たちで動画を作成してみようと考えました。知識もノウハウもありませんでしたが、DX推進室が中心となり、手探りで進めていったかたちですね。今では、製品情報をはじめとした販促用動画や、社員・業務を紹介する企業情報動画、海外子会社や代理店のトレーニングを効率化する組立・メンテナンス手順動画など多様なラインアップの動画がアップされています。(*組立・メンテナンス手順動画は一般公開せず、グループ内のみで利用。)
製品情報、社員紹介映像、モノづくり現場の紹介を掲載した特設サイト
——インフォグラフィックを用いたわかりやすい映像や、海外のユーザーボイスなど、貴社のホームページでは、さまざまな動画を観ることができます。動画制作未経験で、あそこまでのものを作成されたことは大きな驚きですね。プロジェクトを推進していく上で、ご苦労も多かったのでは。
松浦 クオリティーに関しては、素人ですからね。そこはチャレンジしながら、試行錯誤していけばいいと考えていました。むしろ、大変だったのは、技術情報の取り扱いです。社内からは、「他社に見られてはまずい」「やる意味があるのか」という反対の声も多く聞かれました。
——技術面でブラックボックスにしておかなければならない部分もある。難しい問題ですね。
松浦 ただ、そこで「じゃあ、やめます」では何も変わらないし、私たちは取り残されてしまうわけですよ。松浦機械製作所が選ばれ続けるために、デジタルマーケティングの充実は必要不可欠なもの。だからこそ、「どうすれば、できるのか」という姿勢を貫くことにこだわり続けました。機密性の高い技術の場合、認証機能を持たせて、お客様だけが見ることができるようにするなど、細心の注意を払ってプロジェクトを進めていったんです。
——新たなチャレンジがデメリットを生まないように、課題をクリアしながら進めていったのですね。実際に数多くの動画を作成し、多くのメリットがあったと思いますが、社内にどのような変化が生まれたのでしょう。
松浦 もちろん、海外の販売担当者やパートナーからは好意的な声が多く寄せられています。一方で、副次的な効果として大きかったのが、動画作成に協力してくださった各部門が積極的になってくれたことですね。「こうしたらどうか」といったアイデアをいただくことも多くなりましたし、DX推進室がリードしなくても動画作成を進めていけることができるようになりました。こうした新たな取り組みに面白味を感じ、チャレンジ意欲が芽生え始める。会社のカルチャーにもいい影響があったと思います。社長もかなり意欲的になっていましたよ。企業紹介動画を撮影する際には、「納得がいかない」と何度もリテイクを重ねましたから(笑)。
さらなる挑戦へ
DXは、私にとっても転機だった。
——デジタルマーケティングの充実だけでなく、カルチャーにもいい影響をもたらした。これは興味深い事実ですね。今後、貴社ではさらなるDXへの取り組みが加速していくことになりますね。
松浦 社内の情報を一元管理し、データ連携による業務効率化・品質向上を実現する「システムの最適化」や、AI・IoTをはじめとしたデジタル技術の活用による「キーテクノロジーの進化」など、当社のDX戦略に記されたテーマを推進しているところです。ただし、DX推進室は少数精鋭。なかなか思うようにリソースを割くことができないジレンマを抱えています。喉から手が出るほど、DX人材がほしいところですが、すぐに状況が改善することにはなりません。自分たちにできることから始めていきたいと思っていますよ。動画の時もそうでしたから。
——現在はどのような取り組みに注力されているのでしょうか。
松浦 すでに動画の作成は他のメンバーに一任できる体制が整っているので、私自身はAIの活用に注力しています。この分野においてもノウハウは一切なく、ゼロからのスタート。毎日が勉強です。そして、ただAIの知識を得るだけでなく、開発の現場とのコミュニケーションを密にすることも心がけたいと思います。「こんなことに使えないか」というアイデアや「こんな課題があるんだけど……」というニーズが得られなければ、本当に意味のあるものは生み出せません。現場に意味のある情報を提供し、彼らを巻き込んでいくことができれば、面白いことができると確信しています。
——推進室のトップが自ら学んで、それを現場のために活かしていく。ある意味で、健全なトップダウンと言えそうです。
松浦 私自身、今のミッションを楽しんでいますからね。正直に言えば、入社してから今まで、順風満帆なキャリアを歩めてきたかというとそうではなかったんです。希望していた仕事ができなかったり、自分の価値を認識できなかったり……。だから、DX推進は私自身にとっても、変革の機会だったんです。「誰が推進するのか」となった時も、いちばんに手を挙げたくらい。今では「この会社のために、自分が成すべきことはこれだ」と思えるようになりましたから。
——DXを推進したいが、なかなか踏み切れない。そんな悩みを抱えている方も多いと思います。取り組みの先駆者として、最後にメッセージをいただけますか。
松浦 何か役立つことが言えるかはわかりません。ですが、まずはやってみることだと思います。できない理由を探すよりも、まずやってみる。そして、何か困難に直面した時は「どうすればできるか」を考える。繰り返しになりますが、それしかないのだと思います。私自身、今も頭を悩ませ続けている状況です。この先に松浦機械製作所の未来があると信じて、この変革によって社員の皆さんやお客様が幸せになれると信じて、チャレンジを続けていきたいと思っています。
まとめ
——コロナの危機感から生まれた動画を活用したデジタルマーケティング。技術情報の開示範囲に正解がない中、果敢に挑戦し松浦機械製作所はDXを推進してきました。
現在は、動画活用をマーケティングだけではなく、社内教育や採用シーンに展開されています。さらには動画活用だけではなく、AI活用にも取り組まれています。
DXを推進したい、これから取り組みたいと考えていらっしゃる方にとって参考になる部分が多かったのではないでしょうか。
自社にとって「まずはやってみること」はどんなものがありそうでしょうか。ぜひ、スモールステップでもできることからはじめてみてはいかがでしょうか。