スマート工場とは、工場内の機械や生産ラインなどの設備をネットワーク(インターネット)で接続し、IoT化することで生産効率や品質管理の向上を図る工場を意味します。
スマート工場の実現に向けた取り組みにはコストや人材不足などの様々な課題がある一方、課題をクリアするために様々な施策に挑戦している企業が生まれています。
それら企業のなかから、コストや人材面の課題を克服し、今もなお変化し続ける比企光学株式会社 代表取締役・栁瀬氏に「なぜスマート工場を目指すのか」「目指す取り組みのなかでどのような経験や施策を行ってきたのか」など、実際に取り組んでいるからこそわかることをインタビューしてきました。
比企光学・栁瀬 満邦氏の経歴
2005年7月グループ会社である有限会社比企オプティクスを立ちあげ、2013年8月に比企オプトグループの代表取締役に就任した栁瀬満邦氏。町工場ならではの強みを活かしながら、A I検査装置やIoTデバイスの自社開発を積極的に進め、スマート工場を目指し奮闘しています。
当時感じていた工場の課題とは
——比企光学は、レンズのプレス成形事業から金属加工事業への参入、旋盤機のロボットの設置や研磨機へのIoT導入等、様々な挑戦をされてきていますが、挑戦するきっかけとなった当時の課題についてお話しいただけますか。
栁瀬:きっかけは、2008年のリーマンショックです。翌年の2009年ごろまでは、それほど影響がありませんでしたが、2010年から注文が減少していき、厳しい経営状況になっていきました。
仕事の量としては、週に2、3日働いてもらえれば十分なほどでしたね。休業補償などでなんとかしのいでいる状況でした。
少しずつ景気が上向くと言われてはいたものの、復活したとしても5年後、10年後にはまた同じことが起きるのではないかと危機感がありましたね。
——本業にしていたレンズの注文が減少するなかで、新しい分野、NC旋盤を使った金属の切削加工分野に進出されたと。
栁瀬:はい。切削加工を皮切りに、ロボット、IoT、A Iと様々な分野に取り組んでいきました。きっかけの1つは、自分と会社の強み・弱みを書き出す、SWOT分析です。
SWOT分析を行うことで、常に自分ごととして捉えたいという気持ちを再確認しました。そこから今の経営理念の1つでもある「自ら考え、自ら行動し、自ら成長する」が誕生しました。
そのため、旋盤機のロボットの設置やバレル研磨機へのIoT導入も、外注ではなく自分たちでやろうと考えていました。
——全く違う分野への参入に対して、失敗への不安はありませんでしたか?
栁瀬:むしろ、失敗をたくさん集めようと考え、周囲にもそう伝えていました。
誰もが失敗はしたくない。だから無難なところに行きがちです。
しかし、失敗を集めようという気持ちを持っていれば、いろいろなことに挑戦できると思いました。ロボットもIoTも、当時の弊社にとっては未知なる分野。だからこそ、チャレンジを大切にしましたね。
——切削加工分野に進出した当時、社員の反応はどうだったのでしょうか?
栁瀬:社員の抵抗感はそれほど感じませんでしたね。社員も変わっていかなければならないと認識していたのだと思います。
とは言っても、レンズの仕事が減ってどうしようもない状況のなか、新しい分野の事業ではわからないことばかりでした。私とあと2人、社員をピックアップして、1ヵ月半ほど泊まり込みで別の会社に研修に行ったこともありましたね。
——1ヵ月半、完全に会社を留守にしたことで、社員さんたちの心境にも変化が生まれたと。
栁瀬:そうですね。切削加工での「新しいことへの挑戦」という経験があったことで、ロボットやIoTといった新しい分野にも挑戦できているのだと感じています。
——他の観点からの課題や、チャレンジしたからこその気づきがあれば。
栁瀬:プログラミングに関しては、苦労しました。短期間で知識をつけることはやはり難しく、その後も少しずつ時間をかけて習得中といったところです。
あとは、従業員全員に行ってもらった外部機関の研修。多いときには、年に100回ぐらい。そのなかで、いろいろなことを吸収してくれたので、1つの体制をつくる上で、とても意味がありましたね。
——若手にとってのチャンスの場も生まれたと伺いました。
栁瀬:従来と同じ仕事だけをやっていると、ベテランの力を頼りがちになる。しかし、新しい分野、新しい事業を始めようとなると、日頃からデジタルの世界に慣れている若手が台頭してきますから、ちょうどいい機会だなと。
しかしロボットにしても、A IにしてもIoTにしても、決してデジタルな部分だけではありません。根底にはアナログな部分が絶対に必要。そのときに、若手がベテランの人間にアナログなことを質問したり、打ち合わせのときに一緒に行っていたりすると「あ、うまく回り始めているな」といった感覚が出てきました。
計画してつくろうと思ったわけではありませんが、結果としていい体制づくりができたと感じています。
——『事業戦略室』の立ち上げも、体制づくりの一環ですね。
栁瀬:そうですね。最初は当然1人でやっていましたが、手一杯になって、幅が広がらなくなるタイミングがある。自分がやらないことを決めることが重要だなと。つまり誰かに任せることが大事であると感じました。
そこで普段は作業着で現場にいる人間を引っ張り上げて「明日からスーツで来てくれよ」と伝えました。様々な場所に連れて行くことで、何かが派生しそうな気配が生まれています。
そういう意味で、1人ピックアップして、少しずつ彼に任せたりチャレンジさせたりしてきました。これまで1人でやっていたことが2人分になるだけでなく、彼は彼で、任されたことでチャレンジしたり失敗したりといった繰り返しが自動的にできているので、狙い通りです。
——新しい体制をつくるなかで、一番必要だと感じたことは?
栁瀬:エネルギーです。新しい取り組みをしていると大小さまざまな壁の連続です。非常に困難なこともあって1人で継続するには、なかなか難しい。
ただ、決して1人ではなく私には多くの従業員がいます。「あいつが頑張っているから私も頑張ろう」ともう少しやってみようという気持ちになれることが大事だと思っています。従業員メンバーの存在の大きさ、重要性を改めて感じました。
——外部とのパイプが生まれたことも大きな成果のひとつですね。
栁瀬:思い返せば、レンズだけに目を向けていた時期には、全く外部機関との関わりがありませんでした。
しかし、新しいことにチャレンジするにあたっては、自ずと質問に行くことが増え、パイプができていくと感じました。こういうことに困ったら、どこの機関のあの人に聞いてみようと思えるところまで進んでいます。
日頃から交流を持とうと、トップが機関セミナーに参加するなど、行動に移すことはとても重要だと感じましたね。
スマート工場への取り組み
——スマート工場に関しては、実際にどのような取り組みをされましたか。
栁瀬:まず、23時間ほど自動で動くロボットを設置しました。外部に委託するのではなく、自社で作り上げたことで、初期コストも抑えることができましたね。
また、23時間いつでも動いてくれることで、売り上げ、利益面からも大きな効果が出ています。
——自社でつくったことで、より大きな効果が生まれた印象ですね。
栁瀬:「自分たちでやったらできた」ということは、大きな副産物であり、社内に残った財産です。
繰り返しになりますが、失敗や悩みが常に覆いかぶさってくる経験、メンバーの成長も、取り組みの効果として実感しています。
——AIに関する具体的な取り組みを教えていただきたいです。
栁瀬:レンズ事業の検査工程について導入し、精度を上げている最中です。今までレンズの検査は、担当者の人間が1個ずつ時間をかけて確認していました。
比較的強い光をレンズに当て、内部の様々な欠陥を見抜く作業です。
しかし、熟練の技術が必要で、すぐに習得できるものではありません。また、長時間の作業なので担当者の負担が大きいなと感じていました。
この問題を解決するため、AIを使った自動検査装置の開発に着手しました。
——A Iに関しては導入すれば、すぐに何か解決したり自動化したりするものではなく、まず相当な手間と時間がかかると聞いたことがあります。
栁瀬:データ化に関する課題は、かなり大きいですね。ただ、私たちがつくっているA Iの検査装置は、人間の検査レベルにまでは到達しないと思います。
それだけ担当者の技術レベルは高いのです。
まずは人間が行う作業の大変さを軽減するために使いたいなと。
たとえば、最初にA Iの検査装置が粗検査をする。そして、合格したものだけを人間が見直す。人間の作業を少しだけA Iが補い、人間の空いた時間を別の付加価値の高い仕事に取り組めるようなかたちにしたいと、取り組んでいる最中です。
——定期的に勉強会のような場を開催されているのですか?
栁瀬:勉強会というほどではありませんが、A Iに携わっている人とは、話す機会が多いです。自分たちの仕事が終わったあと、意見を突き合わせたり、数人で集まって勉強したり。
あとは、研修に向かう車内で話すことも多いです。他愛のない会話が非常に有効だったりしますから。
——日頃から従業員の方の興味、意欲に対して関心を持ち、コミュニケーションを積極的に取るように意識していらっしゃるのですね。
栁瀬:そうですね。メンバー同士の会話を増やしたいと思う場合は、あえて2人で研修に参加させたりもします。うまくいくときばかりではありませんが、コミュニケーションは大切にしていますね。
——様々な取り組みを実施されていますが、栁瀬さんご自身の情報収集方法、アイデアの生み出し方についても教えてください。
栁瀬:外部セミナーに行くことがひとつ、あとはメルマガを活用したネットでの情報ですね。セミナー、勉強会、イベントに関しては、アンテナを張った上で、取捨選択しながら参加しています。
もう1つは、定期的に自分を定点観測できる仕組みづくりです。ある人と年に数回、面談をしてもらっています。定期的に会うことで、強制的にアウトプットできる。アウトプットすることで、自動的にインプットできるイメージですね。
自分がやりたいことに気づいて整理すると、道筋が見えてくる。3Dプリンターだったらまず3DCADの勉強だよね、という感じです。
今後比企光学が目指す姿とは
——コロナ禍により世界全体で経済などにダメージがある状況ですが、そのなかで比企光学が影響を受けた部分、新たに気づいた課題などはありますか。
栁瀬:切削をはじめとした新たなチャレンジ分野に関しては、それほど影響は出ていません。
ただ、レンズ部門に関しては、大きな影響があり、改めてレンズと機械加工以外にも取り組まなければいけない状況であることを痛感しました。そういう意味で、AIやIoT、ロボットへの取り組みは間違っていなかったと。いかに次の柱として育てていくかという段階です。
——お話のなかにも「心折れそうなとき」「失敗」といったフレーズが何回か出てきていましたが、モチベーションを保つための取り組みがあれば教えていただきたいです。
栁瀬:1つは眠ること。睡眠は大事ですよ。ただ、モチベーション維持には、特効薬や解決方法はないと思います。やり続けるしかない。
私もあれば知りたいですがないと思います。やらざるをえない状況下でやり続けることで、上げているのではないかな。
——レンズから切削分野に進出する際、コンサルタントのところに勉強しに行かれたとか。
栁瀬:全然関連のない事業を始めるわけですから、周囲の反応は芳しくありませんでした。
ただ、こちらとしてはもうやらざるをえない状況だったわけです。
有名なコンサルの方のところにも、足繁く通って勉強していました。懇親会の席で直接、現在の会社の事業内容や新しい取り組みを話して「どう思われますか?」と聞いてみたことがありました。
——反応はいかがでしたか。
栁瀬:一言、「絶対にやっちゃいけない戦略だね」と軽く言われました。ヒト・モノ・カネが分散するし、従来の事業の延長戦上にないので絶対にダメだと。
確かにそうかもしれません。しかし「もう絶対ダメだね」と言われたことが、すごく頭に残っています。その悔しさは、今思い返せば、大きなモチベーションになっています。
いつか、その人のところに行って「成功したよ」「この事業、うまくいったよ」と伝えるのが目標です。
——なるほど。悔しさも自分の強さに変えるということですね。それでは最後に、新しい分野に取り組まれている方、始めようとされている方にメッセージをお願いできますでしょうか。
栁瀬:新しいことに取り組まれている方は、数多くいらっしゃることでしょう。そういった方に申し上げるとすれば、新しく何かを始めるということは、少なからず、たとえ半歩でも足が前に出ている証拠です。
私自身の思いとして、常に心折れそうな時期がやってきます。そのときに「新しいことをやっているということは、半歩でも前に出ている。後ろには向かっていないぞ!」と、自分に言い聞かせているわけです。
——社長就任前のサラリーマン時代、厳しい部長に「お前らは茹でガエル現象だ」と言われたことが強く印象に残っていると。
栁瀬:正直、レンズだけで潤沢に注文があった時代は、別の分野への進出など、全く想定していませんでしたね。
その後、リーマンショックを経て、思い出したのが、部長のその言葉です。水の中にいるカエルは、段々熱せられても気持ちよくて出ていかない。
そのうち熱湯になって死んでしまう。ぬるま湯に浸かっている自分自身と重ね合わせたことが、切削の分野に結びついた印象です。
——変化せず、従来通りやっていた方が楽だと感じる気持ちは、よくわかります。
栁瀬:そうですよね。周りの経営者の方を見ていても、それなりの受注があるところは安定していますし、非常にうらやましく思える部分が時折芽生えてくるのも事実です。
なんでこんなに大変なのかと。でも、やっぱりそこは変わらざるをえない。ただ、現状を壊してでも、新しいことをやらざるをえない困難な状況が来ることは、見方を変えれば、ありがたいことかなと。
自分自身でこの場面をつくろうと思っても絶対にできないわけですから。
——変われるチャンスであり、失敗できる土俵であり。
栁瀬:そう考えることが大事なんじゃないかと。 やったことがないことをやる。より多くの失敗を集める。
その地道な繰り返しをすることで、成長できると私自身は信じています。新しい分野、スマート工場への取り組みに対して進めていらっしゃる方がおられれば、一緒に、同じ気持ちを持ってやっていきたいと思っています。
まとめ
——リーマンショックの影響により、主軸であるレンズ事業の収益が悪化。検査工程には熟練の技術が必要であり、5年後、10年後を考えた場合、技術継承に不安を抱いた比企光学。
社内プロジェクトを立ち上げ、ロボットの自社開発を行うことで会社を支える新しい柱を作り上げました。
そして、現状に満足することなく検査工程へのA I導入を実行。23時間動くロボットの導入により、生産効率や売り上げが向上させるという次のステージに進んでいます。
そのほか、若手の活用、若手とベテランのコミュニケーション強化などの付加価値も実現。
スマート工場への取り組みを考えている方にとって、参考になる部分も多かったのではないでしょうか。自社の取り組みと照らし合わせて、より具体的イメージに結びつけられるよう参考にしてみてください。
比企光学 株式会社
所在地:埼玉県比企郡小川町青山830番地
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